人と人をつなぐ本作りの現場「喜怒哀楽書房」を訪問!

本びとに会う

5月28日の仕事帰り、職場からほど近い新潟市東区津島屋にある「株式会社ミューズ・コーポレーション喜怒哀楽書房」を訪ねました。5月なのに雨が多く、この日も小雨が降っていました。

事務所に入るとすぐ玄関に「ウェルカムボード」!?、なんだか嬉し恥ずかしな気持ちになりながら、会社の取締役で「自費出版アドバイザー」を務める木戸敦子さん(同じあつこさん!)と初めてお会いできました。

新潟市、しかもここ東区に自費出版をメイン事業にして本を制作・出版する会社があるなんて!またその母体は木戸製本所という製本会社とのこと。本作りの現場が身近にあるとは興味津々!!10年以上住んでいてその社名を知らなかったのが不思議なくらいですが、天良文庫を始めて、私の中の何かが動き出したからこそ、今の出会いに結びついているのかもしれないなと思います。

木戸さんのことを知ったのは、ご夫婦で「野の花文庫」をやっていらした眞壁伍郎さんのLINEグループでした。グループには本に関わる人々、図書館司書や眞壁さんのお知り合いなど50名ほどが集っています。グループをまとめる眞壁さんが、ご本人が携わった本を「喜怒哀楽書房」が制作された事や、本作りにまつわる色々なことをメールマガジンで月一回発信されている木戸さんをご紹介されていたのでした。

私は何を勘違いしたのか、木戸さんとは全く別の方と木戸さんを同一人物だと思い込み、突っ走ったメッセージをそのグループに送ってしまい、恥さらしな行動をとってしまいました。が、そんな私をやさしくカバーしてくださり、それと前後して天良文庫のことを共通の知人を通じて知ってくださっていて、私が急にお会いしたくなり、今回の訪問につながりました。

喜怒哀楽書房のことはHPや東区が作成しているサイト「東区グッドカンパニー」の中でPDFでの紹介が載っていますのでそちらも参照いただき、少し割愛させてもらいます。

木戸製本所に横並びになった事務所にお邪魔すると、製本機が稼働している音が聞こえ、こんなにすぐ隣りなのか〜と臨場感がありました。最初にご案内いただいた部屋には何台も大画面のパソコンが並んでいて、さすが出版社だなと思いました。

スタッフが女性9名の会社とのことで、社名の「ミューズ(女神)」は、女性たちが生き生きと活躍する会社をイメージされての、木戸さんの旦那様の発案だったそうです!その名の通り、子育て中のお母さんもいらしてリモートも活用しつつ、各々にあったスタイルでお仕事をされているようです。とはいえ創業(2001年)の頃の木戸さんこそ、子育て真っ最中だったにも関わらず、とてもパワフルに営業活動(顧客との交流を促す『喜怒哀楽』という通信を2ヶ月に1回というハイペースで制作・それを元に営業電話もかけたのだそう!!)をこなし、句集・歌集をはじめ自費出版の事業を開拓。今では全国から依頼があるほどに会社を成長させてこられたのだから、その情熱と行動力たるや物凄いものがあったのだなと想像できます。

応接室の壁一面には、同社がこれまで出版した本(ほんの一部!)が綺麗にディスプレイされていて、その中から木戸さんが出版業を始めるきっかけになった大切な一冊を見せてくださりました。タイトルは『忘れな草 大好きな奈那子さんに捧ぐ』。

この本は、木戸さんのお母様・奈那子さんが亡くなってからすぐに着手し、百日祭(命日から100日目に行う霊祭)の時に親戚やご友人に配るために作ったもの。当時の木戸さんは、あまり自分のことを話さなかったお母さんのことをもっと知りたい、お母さんが生きてきた軌跡を残したい、そんな思いから必死になって家族・友人らにお母様のことや思い出を語ってもらおうと原稿を依頼し、ご自身もお母様への憶いを綴り、それらを3ヶ月でまとめきったのがこの本だったそうです。

家族の死と向き合い、強いモチベーションを持って自らを奮い立たせて取り組んだ木戸さんの本作りに本当に敬意を抱きます。木戸さんが精魂込めて作ったこの第一冊目の本は、お父様にとっても抱きしめて眠るくらいに大切な本となったそうで、これが喜怒哀楽書房の会社の理念「抱きしめていただける本づくり」になっているとのことでした。

実物を拝見しページをめくりながら感じた本の感触から、会ったこともないお母様の人となりや温かさが伝わってくるようでした。写真のお母様はすごく美人!木戸さんは「今読み返せば、とっても稚拙な本なんだけどねー」とおっしゃいますが、20数年後そんなふうに微笑みながら語れる本作りのプロとなった木戸さんの「初心」がいっぱい詰まった原点の本なのだということがひしひしと伝わりました。

その後、次から次へと興味深い本が出てくるので、なかなか腰を落ち着けてお話ができず、1時間余りでは全然足りなかったです(苦笑) 木戸さんとお話ししていて感じたのは、人とお会いする時、いつもなら私は聞く側に回って自分の興味のおもむくままに質問を投げかけ、お話を伺うのが常なのですが、木戸さんの場合は私に逆に尋ねてくださることが多く、また私もそれにのってついしゃべってしまい、なんだか「話を聞きにいったのに、聴かれている」、そう感じました。

その背後には、喜怒哀楽書房やボランティア活動(25年継続されている、人の話を聴く活動だそう)で努力し積み重ねてきた、何十年という聴き手(そして書き手でもある)としての経験が現在の木戸さんをつくっているのだなと知り、妙に感心・納得してしまいました。

本に残したいという人々の想いを受けとめ、その想いがそこに込もるように丁寧に本に仕立てていく職人のような存在。「本を作りたい人」と「作る」をサポートする喜怒哀楽書房スタッフのみなさん相互の対話や信頼関係が、出来上がる本をさらに磨いていく。人と人が本作りを通して結ばれ、その結晶である本を通じて、また人と人とがつながっていく…なんて素敵なお仕事なんでしょう!

「写真自分史」の一例として作られたというお父様の写真集。病床のお父様もこの写真集は目を見開いて喜んでご覧になっていたそう。

地元・沼垂で小児科医院をやっていらした優しいお父様と、そのお父様や医院のスタッフを支え、北海道から嫁いで家を守ってこられたお母様。お二人のもとに3人のお兄さん達の後に生まれた愛称「ブー」(「敦子」が「とん子」と読めるから)こと敦子さん。背が高くすらっとしていて、さっぱりカッコいい女性といった風貌の敦子さんは、これからもスタッフのみなさんと共に「抱きしめたくなる本」を作り続けていかれるのだと思います。

帰り際、バックヤードにある書庫を見させていただきました。なかなか書店ではお目にかかれないような自費出版本や定期発行の句集、団体の記念誌などがずらりと前後二段に並んでいて(ものすごい量!!)、書店の販売物にあるような「目立たせよう」というゴテゴテとした本ではなく、全体的に優しい色合いや背のタイトル文字が落ち着いた風合いのある作者自身の筆文字であったり、造本(書物の印刷・製本・装丁、用紙・材料等の制作技術面に関する設計とその作業)の細部にこだわりを感じるような本たちだなと感じました。

そして「喜怒哀楽書房」創立20年の記念誌『STORY of our MUSES』を読ませていただき、

「その本はあなたの伴走者として、それ以降の人生を支え、応援し続ける一冊となります」

私は序文のこの言葉に深く共感をおぼえました。天良文庫でも、そんな本との出会いが子ども達にあるといいなと思いながら活動していきたいと思います。

次回はぜひ製本所も見学させていただけたらと思います。本ができてゆく過程が見られるなんてワクワクします!!そういえば、我が街・東区は工場の多い産業のまちでもあり、喜怒哀楽書房のご近隣にも「東区オープンファクトリー」という東区が推進するイベントに参加される企業が多々あるそうです。いつか天良文庫の子ども達を連れて、どこかの工場で本やものづくりに関係するイベントができたらいいなぁ…と夢膨らみました。

木戸さん、ありがとうございました。ぜひまたじっくりお話を聴かせてくださいね!

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