西村繁男さん・いまきみちさんご夫妻を訪ねました!

イベントレポ

天良文庫・8月の会も終わり、9月に突入。猛暑続きの新潟でしたが、ここへきてようやく朝晩は多少暑さも和らいだ印象。いつの間にか虫の音もよく聞こえ、季節は秋の夜長に向かっているのだなぁと実感できるようになりました。

8月は暑さもすごかったですが、本当に密度が濃く振り返る時間もないほどでした。でも忘れられない出会いがあり、そのことを記しておきたいと思います。

8/13、十日町にて。初盆を迎える息子・天良のお墓参りに朝行った後、気持ちは天良と一緒に、神奈川・山梨方面の旅へと出発。家族で車で旅行するなんて3年前の横浜行き以来でした。最初に向かったのは、8月の会のために選本した『にちよういち』の作者、西村繁男さんと奥様のいまきみちさん、お二人の相模原市のお住まいでした。ご夫婦で絵本作家でいらして、これまでお二人が何度か展覧会をしている新潟市中央区上大川前通のギャラリー「新潟絵屋」さんのご紹介で手紙をお送りし、「西村さんの声で『にちよういち』を録画(音)させてほしい」という私の唐突な願いをご快諾くださり、今回の訪問が叶ったのでした。

ちょうど台風が近づいているという時で、なんとか直撃は免れたもののその日の神奈川はどんより湿り気を帯びた天気。到着した時分にはタイミング悪く雷がゴロゴロ鳴りだし、雨もザーッ!!と降り始める始末…。それでもお二人はあたたかく私たち家族をご自宅の離れの建物に迎えて下さり、運営に携わっていらっしゃる地域文庫「どんぐり文庫」や「わたしの大切な絵本」についてのインタビュー、旧藤野町の在住アーティストによるまちづくりのお話など、2時間弱たっぷりと聞かせていただき、かねてからの願いであった『にちよういち』の撮影も無事終えることができました。

これから『にちよういち』を朗読する、笑顔の西村さん

そもそも西村さんに朗読をお願いしたいと考えたのは、『にちよういち』(童心社/1979年)が私の大好きな絵本で、その一番の特徴が土佐(高知市)の人々の日曜市を舞台にした会話劇。その会話がすべて土佐弁なんです。その土佐弁を私が読もうにも、なんとなくこれでよいのかなぁ、、、と迷いつつ想像でイントネーションをつけたりして読んでいたのですが、実際の生の土佐弁で、できるなら作者ご本人の声で聞いてみたい、天良文庫の子ども達と一緒に味わってみたいと思ったからでした。

西村さんの朗読は、時間にして5分半。やはり作者ご本人の言葉で聴けるというのは、とても贅沢で貴重な体験でした。一見意味の分かりにくい土佐弁も、自然とすーっと頭に内容が入ってくる感じ。西村さんのお声も味わいがあって心地よかったです。きっと子ども達にも通じるのではないかな、と期待が膨らみました。2週間後の8月の会がとても楽しみになりました。

もし興味を持たれた方がいたら『にちよういち』、是非読んでみてください!!ある夏の日曜、高知の日曜市を訪れたおばあちゃんと孫のあつこ(←私の名前と同じ!)。市で出会う高知の人々との会話がなんとも言えず味わいがあり、素朴でいいんです。体験したことはないけれど、その日の高知の夏の空気感がそのまま、また隅々まで観察したくなるような市や街や往来する人々の詳細な様子、生活のさまざまな要素が細かく描写されていて、読むだけでなく、眺めていて実に楽しい気持ちになる絵本です。

さらに西村さん曰く「この本には日曜市にいた実在の色んな人物が登場しているんですよ」と。ネタバレになりますが、最後の方の大通りを俯瞰した見開き頁には、スケッチブックを持って木陰に佇む西村さんご本人(奥様のいまきさんお手製のデニムバッグを肩に下げています!)も登場します。また、誕生日のおんちゃん(今日は自分の誕生日だから負けるよ!お客さん!、と毎度言う店のおじさん)とか「エレガントじゃ」が口癖のエレガントおじいさんなど‥。絵本からはみ出たストーリーがいくつもあるようで、『にちよういち』のあの映画のようなシーンが連なってみえる奥深さ、面白さのひみつに触れられた気がします。実際に西村さんが若い頃、地元高知の日曜市を取材して描いた作品なんだそう。なるほどな〜、だからか!と納得でした。

また朗読いただく前には、「どんぐり文庫」とその前身である「ぶんぶん文庫」という文庫活動に長年取り組まれ、今も続けておられるお二人の文庫についてのお話も伺うことができました。

娘の温子(同じあつこ!)さんが小学2年生の時からスタートした「ぶんぶん文庫」。ご自宅の一角で始めたそうで、毎週土曜日、娘さんのお友達も呼んで遊び場にもなっていたとのこと。まさに私にとって大先輩!諸々あって閉じた時期もあったそうですが、その後、近所の車庫を借りて地域の方々と一緒に「どんぐり文庫」として活動を再開。

その活動を継続していたら、吉野の自治会館(公民館 現:吉野地区コミュニティセンター)ができるという話になり、そこへ「どんぐり文庫」が移ることになったそう。背景には、当時藤野(旧藤野町)には図書室がなく、地元から立ち上がった“図書館を考える会”という組織があり、藤野町と相模原市の合併にあたって「図書室を公民館につくろう」という話になり、その声と地域文庫の「どんぐり文庫」が結びついて現在の吉野地区コミュニティセンター内の「どんぐり文庫」になったのだそう。

その後、誰も使わない年があったりしたものの、藤野地区にあった小学校が統廃合する際、捨てられる運命にあった各図書館の本を文庫で受け入れることになり、2007年に再開。再開して今年で16周年なのだそう!毎週の本の貸し出しの他、年4、5回の催し物(凧づくり、お話会、コンサート、料理教室、染め物教室、劇など)を続けているとのことでした。お二人は文庫の運営や催し物の企画、『どんぐり文庫ニュース』の発行など、今も継続されていて「すごいなぁ」と思います。吉野地域の子ども達にとって、この「どんぐり文庫」の存在は大きいのではないかなぁと想像しました。←「どんぐり文庫」についてはこちらを参照させていただきました。

その後、お二人にとっての「大切な絵本」についてインタビュー。これは、10月の天良の命日に行う「天良を憶う会」(後日HPにて詳細をお知らせします)にて頒布予定の冊子の中で、「あの人の大切な絵本」という特集を設けようと考えており、そこに掲載させていただくためのインタビューでした。ですので、中身はまだ触れられませんが、絵本作家であるお二人にとってそれぞれ人生の道標になるような出会いとなった絵本であることは確かだなと、お話を伺っていて感じました。どうぞお楽しみに!

さらにお話は、私の興味(大学で「まちづくり」を学んでいました!)から「藤野町の芸術を核にしたまちづくり」の話題へ。そもそも私が『にちよういち』と出会ったのは、図書館でも本屋でも幼稚園でもなく、社会人になって最初に入った、まちづくりのプロデュースなどを手掛ける会社「北山創造研究所」で、社長の北山孝雄氏が自身のデスクのすぐそばにお気に入りの本や置き物をおいた棚があり、その中で私が手に取った絵本が『にちよういち』だったのです。一気に魅了され、その後自分の子どもが生まれてから古本屋で購入し、子ども達に何度も読み聞かせしていた思い入れのある絵本です。その北山創造研究所の前身である浜野商品研究所が「藤野町のアートヴィレッジ構想」に関わっていたことは記憶していて、もちろん当時の副社長であった北山氏もそれに関わっていただろうと頭のどこかにあって、西村さんに「どうして藤野町はアーティストが集まったのか、どんないきさつでアーティストによるコミュニティができ、街が育ってきたのか」を聞いてみたのでした。

西村さんは1980年に藤野町(現相模原市)に家族で引っ越してきたという。当時、町会議員であった三宅節子さんとは知り合いで、三宅さんの紹介で色々な藤野町の“面白いことをやる人たち”と出会っていったのだそう。当時、神奈川県は相模川沿いの地域を活性化するため、ふるさと創生事業基金(1988〜89)を使って「いきいき未来相模川プラン」というものを、大手広告代理店や民間の企画会社も入れながら構想をたてた(そこに先ほどの浜野商品研究所がプランニングに加わっていたことを後から知りました!)のだそう。藤野町では「藤野ふるさと芸術村メッセージ事業」が立ち上がり、国内外からアーティストを招いたり、アートで地域を芸術村を創っていこうという動きが起こり、役場に4、5人の立役者もいて、だんだんとアーティストや作家、何か一芸に秀でた人々、得意なことを持っている人たちが集まってきて、自然発生的に「藤野芸術村」が形成されていったのだとか。西村さんご夫妻も藤野の住人として「きのこぷらんにんぐ」という芸術家集団を数人の仲間と結成し、自主的に面白い企画を実施、自分たちの生活の延長線上で、アートイベントや展覧会や日常的な活動を仲間達とできることを持ち寄って共有して行ってきたのだといいます。それが結果的に、藤野は住民たちによる芸術村(アートヴィレッジ)だと認識されるようになっていったのだなと、お話を伺っていて理解できました。途中、たくさんの“面白いことをやる人たち”の名前が出てきたのですがメモが追いつかず‥でもこのサイトに「藤野ふるさと芸術村メッセージ事業」の歴史や詳細が掲載されているので、藤野町のまちづくりに興味のある方は参考になさってください。西村さん(「きのこぷらんにんぐ」メンバー)へのインタビューも載っています。

お二人のやられてきたこと全てが繋がって「ああ〝生活を創る〟っていうのはこういうことを言うのか」と私は思い感動を覚えました。そして、できるなら私もそうなりたい、人生ももう後半に入ってきている今、西村さんご夫妻と出会って私の憧れる世界を垣間見させてもらったような気がします。

西村繁男さん、いまきみちさん、この度は本当にありがとうございました。また『にちよういち』を教えてくださった元ボスの北山孝雄さんにも感謝いたします。

そしてお二人に出会わせてくれたのは、まぎれもなく天良です。天良と最初で最後に一緒に行った2022年7月の新潟絵屋での展覧会「いまきみち・西村繁男・ にしむらあつこ展」で西村さん親子が私が知っている新潟の人々と元々ご縁があったことを知り、今回の訪問に繋がったのでした。天良は亡くなっても、私に生きるパワーを贈り続けてくれているのかなと思います。天良にもありがとうを言いたいです。

感動が残っているうちに‥と、だらだら長文を連ねてしまいました。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

【おまけ談】その後、私たちは富士吉田方面へ向かい一泊した翌日の早朝、一瞬雲が捌けて奇跡的に富士山を拝むことができ、楽しいお盆旅行を続けたのでした。

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